2019/10/21

mikkiのQ&A

 こんにちは、mikkiです。

今回は先日わたしのinstagramで募集させていただいた質問のアンサーを書いていきたいと思います。

たくさんの質問ありがとうございました♡

アンサーについてですが、重複している質問はまとめさせていただいているのとお答えできなかったものもありますのでご了承ください。

 

 

Q1.これから先PUNK CAKEバイトの募集する可能性ってありますか?

 

アルバイト募集については有難いことにたくさんお問い合わせいただくのですが、今のところは募集する予定は考えていません。

今年、eriko姉さんが新たにスタッフとしてPUNK CAKEに入ってくれて、

それも1年前の私たちは想像もしていなかったので、何事もご縁とタイミングなのかなと思っています。




Q2.PUNK CAKEに行くのが夢です!PUNK CAKEのお洋服は、中2にははやいですか?

 

誰かの夢の場所になれていること、とっても幸せです。

年齢関係なく様々な年齢層の方に来ていただいています。もちろん中学生のお客様も来てくれていますよ♡

わたしからしたら中学生ですでに古着が好きなことが羨ましいです!笑 

PUNK CAKEのお洋服はもしかしたらインパクトの強いものも多いかもしれないけど、たくさん挑戦していって欲しいし、コーディネートのお手伝いができたらもっと嬉しいです。

是非お店にいらしてくださいね。




Q3.今のお仕事に就くまでに1番大変だったことはなんですか?

 

大変だったことはないです。

19歳のときに、原宿によく遊びに来ていてそこでファッション好きのお友達にたくさん出会えて。

その中の1人がアパレルのアルバイトに誘ってくれたのがきっかけで始めました。

なので、昔からアパレルのお仕事に興味はあったのですが正直初めはなんとなくやってみようかな って

ゆるい感じでスタートしたので入ってからの方が大変なことはあったかもしれません。笑




Q4.ワードローブについて

 

わたしのワードローブは自分でも見ていてテンションが上がります。笑 みんなもきっとそうかな?

ほとんどが古着、あとはmicrowaveとブランドだとPAMEO POSEのお洋服が多いです。

ピンクとフリフリっとしたものは小さい頃から大好きで、どちらかというとガーリーなのかな。

パフスリーブ、ぺプラム、ショート丈は大好物なのでついつい買っちゃいます。同じようなデザインでも見逃せないので、、、好きってこういうことですね。

スカートとドレスはミニ丈がマイルール。丈が長いものもデザインが気に入ったら買って、お直しに出してミニ丈にしています。

とくにドレスは大好きなので、クローゼットの半分以上はドレスかも!パーティーっぽいやつも、ぜーんぶ普段着で。

色とかちょっとした気分はあるけど、もう何年もずっと変わらないこれがわたしのベースです。

最近はブラックにハマっているのでブラックのお洋服も増えてきました♡




Q5.お気に入りの私物が知りたいです…

 

Dr.Martens タッセルローファー

Charlotte Olympia リップシューズ

 どっちもストックが欲しいほどお気に入りです♡




Q6.リラックスしたい時には何をしますか?

 

お家で映画を観る / 自然がある場所へ行く




Q7.天パの髪のセットはどうやってますか?

 

 

夜シャワーの後タオルドライのみでオーセンティックオイルをくしゅくしゅ揉み込んであとは自然乾燥にしています。

美容師さんには怒られちゃうかもしれないけど、天然パーマのわたしは自然乾燥にしてからの方がカールが綺麗に出て扱いやすくなりました。

朝は前髪だけ19mmのコテで適当に巻いていてあとは何もしないです。

雨の日や湿気が多い日は髪が爆発するので、だいたいポニーテールかお団子か、一つに編み込んでいます。




Q8.お気に入りLINEスタンプとLINE着せ替え知りたいです

 

わたし自分でもびっくりするくらい機械音痴で…iphoneも最低限しか使いこなせていなくて。

LINEのスタンプも買ったことがありません。もはや使い方もわかっていないので、、、

参考にならずごめんなさい。




Q9.どういう流れでPUNK CAKEで働くことになりましたか?

 

Kinjyさんが書いた記事に載っているので読んでもらえたら嬉しいです。

PUNKCAKE BLOG




Q10.PUNK CAKEの名前の由来を教えてください

 

こちらもKinjyさんの書いた記事に載っているので見てみてくださいね。

PUNKCAKE BLOG




Q11.好きな人とお別れしたことはありますか?もしあったらどうやって乗り越えましたか?

 

あります。

お別れした後すぐとかって、もう何もしたくないしどこか遠くへ行きたいし、でも仕事もあるのでそんなわけにもいかず、ただひたすら泣いてました。

とことん落ち込むことも大切だと思うので、落ち込むだけ落ち込んだら不思議と気持ちが落ち着いてきて、少しづつ前向けるようになっていきました。

 物事には全て意味があると思っているので、きっとこの別れにも意味があるんだ って。

でもその人のことを忘れることは絶対しないです。

愛し愛されることって本当に奇跡だと思うんです。人生でそう何度も何度もそんな人には出会えないから。

 

焦らずゆっくり自分のペースで、少しずつ少しずつ前向いていったら、大丈夫。

それだけ愛する人に出会えたことはとっても幸運なことなので、出会えたことに感謝して、大切にそっと胸にしまえるように。



Q12.1人暮らしですか?お洋服はどんな風に収納されているか伺いたいです!

 

今は一人暮らしです!

少し大きめのクローゼットがあるお部屋にしたので、ほとんどはクローゼットに収納しています。

お部屋自体にあまり物を置いたりゴチャゴチャとしたのが好きではなくてシンプルが良いので、全部しまいたくて。。。!

アウターやドレス、シワになるものはハンガーに掛けて、

クローゼットの中に引き出しを作ったのでトップス類は畳んで入れています。ボトムスも畳置きです。

ボリュームのあるお洋服が好きなのでとにかく場所取りますが、、、愛おしいので♡笑

あとはチェストがあるのでTシャツなどその他のトップスはここに入れています。

それでも入りきれないお洋服たちは優しい姉家族のお家に置かせてもらっています。(迷惑な妹。。。)




Q13.接客をする上で大切にしていることはなんですか?

 

一人一人愛を持って接すること。そしていつも感謝の気持ちを忘れないこと。

お客様が帰る時に来た時よりも少しでもハッピーな気持ちになってくれたら良いな〜 と思っています。

お客様と店員である以前に、人と人であるってことは常に意識しています。




Q14.大学や専門学校はどこ行ってましたか?

 

目白ファッションアートカレッジに入学したのですが、2年生に上がる前に退学したので学歴は高卒です。

この頃はもうとにかく遊び呆けていたので。。。笑




Q15.日々生きてる上で大切にしていることはありますか?

 

愛を忘れないこと / 感謝 / ピュアでいること / 思いやり

 

大体のことが愛で成り立っているような気がしている最近。

ありがとう と 愛してる は家族、友達、わたしの周りの大切な人たちにはいつも伝えるようにしています。

 日々楽しいことばかりではないけれど、少しでも楽しくするのも自分次第だなー と思います。

わたしは嫌なものは嫌だし、好きなものは好き。結構ハッキリしているのでしたくないことはしない。

何かを決断することとかも簡単なことじゃないかもしれないけれど、すべては自分が常に良い方向に向かうために。

自分の選択ひとつで、自分の人生は変えられる。

 

一日一日が宝物なので、丁寧に大切に生きたいな。(これは目標)




Q16.毎日着るお洋服はどうやって選んでいますか?どのアイテムから選ぶことが多い、とか知りたいです!

 

毎朝の気分でサクッと決めています。クローゼット開けて、パッとこれにしよう!っていつも直感。本当に5分もかからずささっと着替えてる。笑

なので旅行の前とか何日分のコーディネートを考えないといけないから全然荷造りが進まない… 気分屋なのでわりとなんでもその日の気分で決めたいんですよね。

どのアイテムから選ぶとかも特にないかもしれません。

あまりに気分で決めすぎているので、外に出てから あーこれじゃなかったかもー帰りたーい ってなってる時も全然あります。笑




Q17.おいくつですか?

 

1991 / 03 / 03 生まれの28歳です。

今は30代がとっても楽しみです!!!




Q18.お気に入りのリップはありますか?

 

  

(左) DEAR DAHLIA   LIP PARADISE INTENSE SATIN  807 CARMEN

(右) CHANEL ルージュアリュール 99 ピラート

 

最近はずっとこのふたつです。

 CHANELのは2年前にバルセロナに行ったとき、帰りのトランジットのローマでCHANELの免税店にふらっと入ったら店員さんが"あなたは絶対これ!"って勧めてくれました。

"GirlにもLadyにも♡"って店員さん言ってたけど、本当にその通り!かわいい感じにもクールな感じにもハマって塗りやすくて大好きでリピートしてます。

 DEAR DAHLIAは6月に韓国に行ったときに買ったのですが、たまたま見つけてブランド自体も知らなかったんだけど、試し塗りしてみたらめちゃめちゃ良くて…!!!

するする塗れて発色も綺麗、何より乾燥しなくて唇が荒れない!

赤だけどちょっとオレンジブラウンが混じったような深みが感じられるまさにオータムカラーな絶妙な色がお気に入り。




Q19.好きな男性のタイプは?

 

優しくて楽しくて思いやりがある人。

一緒にいてたくさん笑い合えるのがいいなー 私ストライクゾーンかなり広め。笑

自分が知らない世界を持っている人も惹かれます。

 

  

仕事柄よく聞かれるのですが、見た目のタイプは特にないです。

相手がお洒落じゃないとダメとかファッションに興味がないとダメとか、私はそういうの全くないです。

 

恋愛はお互いに愛してるは大前提で、互いに尊敬しあえる関係が私は好きです。




Q20.好きなアーティストは?


 今は

サカナクション / The 1975 / jimmy eat world / Wallows / DYGL です。

 他にも日々新しいアーティストを教えてもらったりして聴いたりしています。

K-POPは全般、高校生の頃からずっと大好きです。




Q21.朝は何時に起きて、夜は何時に寝ていますか?

 

朝はだいたい 6:30-7:00に起きて、夜は24:00までには寝てます。早いときは22:30-23:00には寝ちゃいます。




Q22.3人の一番好きな食べ物は?

 

Kinjy : カレー

mikki : お寿司 餃子(一つに絞れずごめんなさい笑)

eriko : 納豆ご飯




Q23.苦手なことはどう克服していますか?

 

苦手なこと の種類にもよるかもしれませんが、苦手なことは諦めます。頑張らない。笑

私は苦手なことを自分を苦しめてまで頑張るより、その分得意なことを人一倍頑張ります。

 人は皆それぞれ役割があると思っていて、それぞれできる人がやればいいと私は思います。

みんなで助け合って補い合って生きて行きたいです。

 

 

 

読んでいただきありがとうございました!

6周年のお祝いメッセージもたくさんいただき本当にありがとうございます。

LOVEが溢れます。。。

 

そしてポップアップの質問もいくつかいただいていたのですが、

今のところまだ次のポップアップは確定していないのですが来年も地方へ足を運ばせてもらいたいと思っているので、またお知らせさせてくださいね!

 

 

 

 

mikki

 

 

2019/10/01

古着屋になるまで 【part2】

 こんにちはkinjiです。 大阪POP-UPも無事終わって東京に帰ってきました! 

年に何回か地方で開催しているこのPOP-UPイベントについても今度書いてみようかな。 本当に毎回楽しくて地方のお客さまとの繋がりが感じられる大切な時間になっています。 来てくれた皆さんありがとうございました! それと何人かブログも読みましたと声をかけてもらってとても嬉しかったです。 どう思ってどう感じたのか感想や質問などいつでも大歓迎でお待ちしています。 それでは前回の続きですね。 もし【part1】をまだ読んでいない人はこちら からどうぞ。

少し時間をおいて20代の頃の自分をまた思い出して 前回では辛かったけど頑張ったという話ばかりでしたが 実際仕事が楽しくなってたくさん経験を積んで成長できてその面では良かったのですが その頃の自分は思い出しても恥ずかしいほど内面的にはまだ未熟で 自分の仕事の事ばかりで相手の気持ちを思いやるということに欠けている人間でした。 

人の上に立てるタイプの人間じゃなくてすぐ部下に怒ったり感情的に話したり 逆に自分に興味ないことは無関心だったり 簡単に言えば優しくなかったですね。 海外ドラマの「SUITS/スーツ」で言えばルイス・リットくらい怒ってた気がします。笑 気づいたら沢山の人が辞めていってました。 それでも自分が悪いとは思っていなくて根性の無いあいつが悪いんだ!とか思っていました。 慕われる事にも興味が無く、やる事をきっちりこなして結果を出す事しか頭になくて 仕事ばかりでプライベートも無く誰にも弱みも見せず何を考えているか分からないとか言われる事もありました。 まぁ自分で考えても本当嫌な上司だったと思います。 きっと関わった多くの人を傷つけてきただろうし、多分好かれる人間ではありませんでした。 もちろんずっと鬼軍曹のままじゃなく 時を重ねながらだんだんと自分をコントロールできるようになってたし 「THIS IS US」のジャック…とまでとはいきませんが 少しづつ成長して大人になって少しは優しくなったと思います。

 でも心の何処かで過去が恥ずかしくて思い出したくないものでした。 ただ過去は変えられないのでどうする事も出来ません。でも未来は変えていけます。 もうそんな自分になりたくないという強い気持ちと それまでのダメな過去も目を背けずちゃんと受け入れて前に進んでいき 変化していきました。 だからその時の事は褒められたものじゃないけど きっと意味のある経験だったと思っています。 

今は友達も仕事で関わる人達もお客さまも大切に思っているし 皆が幸せに笑っていることが僕も幸せで少しでもそのお手伝いができたら良いなと思っています。 今の自分は完璧じゃないけどそんな自分が好きです。 

こうして心の変化も感じながら、 次はだんだんと別の変化が訪れてきます。

入社してから仕事面でも内面でもこうして色々な経験をして 20代後半から30代の頃に変わってきたのは 周りの変化、 同世代で長年一緒に頑張ってきた同僚達の成長でした。 一人一人個性が出てきて能力も様々で それぞれの評価に差が出てきていました。 新しい事にチャレンジしたり責任ある仕事で成果を出したり 皆やりがいや充実感がある。 (僕には充実感あるように見える) 自分が漠然と置いていかれたような焦りや仕事が上手くいかないイラつき 周りへの嫉妬や自分の能力不足、もっと何か出来るんじゃないか? でも何をしていいか分からない。 そんな苦しい時期でした。

 もちろん毎日真面目に出勤はしていましたが 仕事が嫌いになったわけでもないし、会社のことも好きだし でも何故か情熱的になれない。 バイヤーの仕事は何年もしてきて正直どこか飽きている自分もいる。 管理職的な仕事も向いていない気もしながらやらざるを得ない。 惰性で生きているような感覚でした。 僕は自己啓発やビジネス本も好きだったので沢山読んでいましたが その頃はもう一冊も読む気になれなくなってたし 自分のやりたい事ってなんだったっけ? と全部が分からなくなり でも何か仕事にやり甲斐を見つけられるようにと 周りからのプレッシャーを勝手に感じながら何年ももがいていました。 気持ちが空回りする時期というのはきっと誰にでもあるんだと思います。 

ただ今思うのは何もかも諦めたり投げ出さず自暴自棄になったりもせず なぜこんな気持ちになっているのか?何が原因なのか? 周りではなく自分の中から答えを見つける作業をしていく事が大切なんだという事。 そのヒントは突然現れるかも知れないし、小さなきっかけかも知れません。 まだもがいている時期のある時 その小さなきっかけがありました。 

これまでの何年間、何人もバイヤーは入ってきましたが 色々教えてもすぐ異動になったり、辞めたりの繰り返しで 新しく人が入る事に特別な感情もなくなってきている頃でした。 また一人、 地方の店舗から確かまだ19歳くらいの若いバイヤー志望の女の子が入ってきました。 もちろん最初の頃は買い付けにすぐ行けるわけでもなく 倉庫でひたすら古着の値段をつけたりそれを発送する作業です。 時代は僕の時とはもちろん違ってましたが、最初の誰もが通る地味な道です。 それでその子がたまたま僕がアメリカで仕入れてきた荷物の値段をつける事になって 荷物を開けていたのですが 何これ〜可愛い!これも可愛い! って値段つけるのも忘れて服を見ながら叫んでるんですよね。 可愛い!これ欲しい!とか興奮して素直に楽しんでるのを見て あれ?珍しいなこの子。面白いなって思ってました。 なんか僕もだんだん嬉しくなって、これとかどう?とか新しい別の荷物見せると ぎゃー!可愛い!ぎゃー!可愛い!の連続www 気づくとお互いテンション上がって笑ってましたね。笑 

今聞くと可愛い商品があって可愛いって言うなんて普通の事のようにも思えますが 店舗も多く物量も多かったので流れ作業とまではいかないですが毎日作業量も多く忙しいのもあるし ちょっと極端な言い方ですが一つ一つのアイテムの可愛さやクオリティーよりも 売れ筋商品の数で勝負みないな感じもあって こんな風にダイレクトにしかもお客さまに近い感覚の若い子の意見を聞く環境が無かったんです。 だからとても新鮮でした。 その時何か、ふと 古着のピックが刺激的で楽しかった頃の記憶が蘇ってきて 自分もこんなんだったな昔。みたいな。 見た事ないお洋服を見るたびにワクワクしながらピックしてて かっこいいな、かわいいなっていう素直な感情を表に出していたし もっと純粋に今起こる出来事を楽しんで 仕事をしているという感覚じゃなくただ必死に働いてもっと一生懸命生きてたなって…。 いつからこんなにワクワクする事が減ったんだろう。 その子の純粋な気持ちや素直に楽しんでいる姿に刺激されて 仕事が楽しいという気持ちを少し思い出していました。 

少し自分の中に新鮮な変化を感じながら この後すぐ別のきっかけとなる出来事が起こります。 今思えばその瞬間がPUNK CAKEの始まりのきっかけだったのかも。 それがmikkiとの出会いです。 正確に言えば一緒に買い付けに行ったアメリカでの出来事です。 mikkiとは同じ会社で働いていたのは一番最初に書いたブログでも書きましたが 店頭スタッフとバイヤーなので普段は直接仕事することはなくて たまに原宿の店に出張で行った時に見かけるくらいの感じでした。 ある時会社のイベントがあり賞を取ったmikkiがご褒美として買い付けに行ける事になって それをナビゲートする役がちょうど出張の時期がかぶっていた僕でした。 それまでも何人も海外に連れて行ったりしていたので 僕としてはその中の一人として軽い気持ちで行ったのですが mikkiは買い付けでアメリカに行くのは初めてなのでとても興奮していました。 この時の映像が残っていたので載せておきます。 昔からmikkiを知ってて見た事ある人もいるかもですが 実はこのカメラで撮りながらディレクターのように後ろでボソボソ喋っているのは僕です。笑  

その時仕入れるアイテムは完全にお任せでこちらはノータッチ 仕事だけどご褒美でもあるから自由に選んでいいよって伝えて 僕は横でいつも通りに黙々と仕入れしていたのですが mikkiは楽しそうにこれ可愛い!これも可愛い〜!ってキャッキャしながらピックしてるんです。 

しかもビックリしたのが選ぶアイテムがピエロの衣装みたいなのとかミニーちゃんみたいなドレスとか 当時の僕から見たら絶対選ばない様なぶっ飛んでるアイテムばかり。 いや、まあ可愛いけど、こんなの売れるの? って心の中で思ってながらも、でもなんかすごい楽しそうに選んでるし 今回はお任せでピックしていいよってなってるからまぁいっかって開き直って 時々一緒になってmikkiが好きそうなアイテムをピックしていました。 その時久しぶりに新鮮な気持ちで楽しくてワクワクしている自分がいました。 実際この時のアイテムは今のパンクケイクにあってもおかしくないような物もあったと思います。 出張が終わり日本に帰ってmikkiセレクトとしてピックした商品はお店にすぐ出したのですが これが想像していた以上に大人気であっという間に売れていき在庫がすぐ無くなっていったんです。 それを聞いて僕は、え〜〜〜!あれが売れたの?マジで!?ってかなりの衝撃でした。 

長年バイイングして仕入れにも少なからず自信はありましたが 逆にそれが自分の頭を固くして経験が逆に幅を狭めていたんだと気付きました。 それと同時に自分の中で何かが変わりました。 変わったというか、やりたい事がふつふつと湧き上がって見えてきたんです。 それは、こうして古着やお洋服が好きな子たちが心から喜ぶような 可愛いアイテムばかりをギュッと集めてきてキラキラした可愛いお店を作りたいということ。 自分が本当にやりたい事が見つからずにもがいていた時 突然やってきたこの2人からのきっかけのお陰で 10年以上働いてきて一度も独立しようなんて考えた事もなかったのに この時は今まで悩んでた事が嘘のように消えていって そんな事よりもやりたい事ができてその事ばかり考えるようになりました。

 一度会社の中でそれができるか直接相談しましたが上手くいかず、 何も形にできなくてモヤモヤしたまま働き続けることは出来ないと思ったのでその思いを伝えて結局辞める方向に話は進み 嬉しい事に周りからの反対もなく、むしろ応援してもらえて スムーズに退社する事が出来ました。 辞める前に信頼できる人に一度相談したのですが、 こう言ってくれました。 「上手く行く時は全て上手くいくから大丈夫、逆にダメな時は何をどうやってもダメだ。  人には大きな流れとそのタイミングがあるんだ。  今お前はその良いタイミングで大きな障害もなく進んでいけるから何も心配しないでやればいい。」 いつも厳しくてあまり褒められる事も無かったので この言葉はとても心強かったです。


 思い返せば本当にその通りというか、 仕事の引き継ぎなど終えて6月に退社してすぐに東京へ引っ越して 4ヶ月後の10月、順調に事は進んで今思うとすごい短期間でお店をオープンする事が出来ました。

 もちろん順調だったと言ってもただ何となく準備したのではなく 4ヶ月の間で物件探しにを何件も不動産を回ったり、色々な街へ行って良い物件がないか探し歩いたり お店の品揃えやコンセプト、どんなお客さんに来て欲しいか?どんなプライス帯にするか?などを考えたり 内装も業者を探すところから始めて、打ち合わせに何度も行ったり オープン直前のギリギリに仕入れに行ったりと忙しく動き回っていました。 小さなお店ですが経営する事はもちろん初めての経験なので色々分からない事、初めての事にもぶつかりながら 本を読んで勉強したり、先輩の方に相談したり不安な事もたくさん抱えながら進めていきました。 お店を作るのは大変な事もあるし、とてもエネルギーも使いますが でもとっても楽しかったです!毎日が充実していました! 自分で思い描いたものを0から作り上げていく喜びは初めての感覚でした! だから不安もありましたが期待や楽しさやワクワクする高揚感の方が断然勝っていました。

 もちろん僕一人の力では無理だったし、家族や友達、関わってくれた周りの人達にたくさん助けてもらったお陰です。 本当にありがとうございます。 こうしてPUNK CAKEがオープンする事が出来たのが6年前の今日10月1日でした。 毎年何年たってもこの日は初心に戻れる大切な日です。

10代はチャラチャラと不真面目で、20代は仕事に目覚めて鬼軍曹で、30代は壁にぶつかってもがいて苦しんで そして大きなチャレンジをして今がある。 

もうすぐ僕は40代になりますがこれからもチャレンジする事を恐れず もっと人に優しく温かく、周りも一緒に幸せにしていける人になれるように努力を続けていきます。 このブログが貴方にとっての小さなきっかけとなり チャレンジできる後押しになれば嬉しいです。 自分の人生を振り返って書いていくうちに 最初思ってもいなかったような方向に進んでいった気がしますが、 最後まで読んでいただきありがとうございます。

2019/09/20

古着屋になるまで 【part1】

 こんにちはkinjiです。

8月末から先日まで買い付けに行ってて気分的に今回はアメリカでブログを書こうと思っていたのですが、毎日全力で買い付けをしていて夜に全くその余裕もなく死んだように寝ていたので結局帰国してから書いています。

 ちなみに今回の買い付け商品は今週末の大阪POP-UPイベントにたくさん持っていきます!

 東京の店舗にはその後にどかっと大量入荷するので宜しくお願いします!

 余談ですが、僕のインスタでご存知の方もいるかも知れませんが、今回帰国した日が台風15号の通り過ぎた次の日で成田空港は交通機関が完全にストップ!?していて15時頃に日本についたのですが結局その日は帰れず空港に一泊する事になりました。

 泊まるといってもエントランスフロアーの床や椅子で寝るって感じで決して心地よい環境では無くて早く帰りたいし泣きたい気持ちを一旦忘れて仏のような心で過ごしました。

実は成田空港に泊まるのは今回が2度目で、1度目は8年前の東日本大震災の時でした。

関空からLAに行く成田経由の便で乗り継ぎの時に地震のタイミングと重なって…。

まぁ偶然というか引き寄せられているのか自然災害の時に成田空港にいる確率が何故か高いんですよねw

2度目なのでその経験もあり冷静で過ごせましたが、3度目はできれば無いことを祈るばかりです。

 

それでは今回は相談や質問などで

「どうしたらバイヤーになれますか?」

 といった内容の事を聞かれる事があるので、僕の話はあまり参考にならないと思いますが、自分の経験やバイヤーになるまでの経緯、思いなど今回は書いてみようかなと思います。

 

 

どうしたらバイヤーになれるのか?

正直言えばあまりこれが正解!とか、この方法がオススメ!とかもありません。

一般的に言えば自分の好きなテイストの古着屋で働き、そこで何年か働いてバイヤーの道を目指す。

というのが多いのではないでしょうか?

今の時代だと全く経験なくいきなり仕入れに行ってオンラインショップをスタートするってゆうのも聞きますね。

今こうしてお店を構えていると、昔からの夢だったの?いつか独立しようと準備していたの?

など聞かれたりしますが、昔は全然お店を出そうとか夢にも思ってもいませんでした。

僕の場合は少し変わっていて、バイヤーになったのも偶然の流れだったし独立しようと思ったのもパンクケイクをやる直前の事だったし、そしてどれも小さなきっかけからでした。

そもそもの始まりは20代の時ずっと働いていたアパレルの会社が新品と古着も取り扱っているお店だったので初めはアルバイトで店頭スタッフとして普通に働いていて1年くらい経った頃にバイヤーやってみない?と突然上司から声をかけてもらいそこからバイイングのキャリアをスタートさせました。

当時はまだ20歳くらいで、しかも古着の知識もなく何となく古着も着てみようかな〜とちょっと触りだしたくらいの時期でバイヤーというものに憧れもなく、そもそもそんな仕事の存在すら意識した事もなかったです。バイヤーって何?みたいな。

ただ何となくいいかもな〜って感じで、しかもタダでアメリカに行けるの?ラッキー!!みたいな全くもって不純な動機でやる事にしました。その頃はまだ若かったのでノリで生きている感じだったので。

大した能力もなくただ元気が取り柄みたいな人だったので、なんでバイヤーへ誘われたか不思議でした。

でも、今思えばその時の何となくの決断が間違いなく今の自分に繋がっているので 人生は時にはノリで、流れに身を任せて漂って行くのも良いのかも知れません。

今の僕を直接知ってくれている人はこうして若い頃の自分の話をすると今のイメージと全然違うみたいでよくビックリされます。

僕もその時に比べると大人になったなと自分でも思います。

実際20歳くらいの頃までは本当に何にも考えていなくて、その日が楽しければなんでもいいやって感じだったし責任感も無く自分勝手で自己中で(これは今もか)仕事も何となくしていたしバイト代もほとんど毎日の飲み代や買い物とかに消えていくし将来の夢や野望もなくなんとなく生きてました。

そもそも僕は高校を卒業した後、進学もぜず就職もせず実家にいてバイトもせずのただのニートだったし

毎日家にいるだけで暇すぎるから流石にアルバイト始めたけどその職場(ガソリンスタンドだった)の先輩で元ヤンみたいなお姉さんが苦手すぎて(何かと他人の愚痴をずっと言い続けるような人だった)すぐ辞めたし、その後家の電話代が高すぎて(また暇になって友達と毎日電話していたから)親に怒られ(当たり前)逆ギレして(本当にバカ)それで家出しました。笑

少しのお金と小さいバッグ一つで地元の山口を出て福岡の同郷の友達の家に転がり込んでそのまま何年も帰らず家に連絡をしない…といった親不孝すぎる若者でした。

本当その頃はめちゃくちゃダメ人生でした。

福岡に行った後ラーメン屋や居酒屋などいくつかバイトを転々として何年か後に最初に話していた古着屋さんで働く事になるのですが、まだここまででバイヤーになれる要素はゼロですね。笑 

そこでようやくちょっとだけ落ち着いてそのお店で真面目に働き出しました(多分遅刻は何度かしていたけど真面目だったとは思う)ラッキーな事に楽しい同僚や上司に恵まれて良い職場でした。

この頃に家出したまま連絡を取らなかった親とも連絡をして仲直りをして、ちょうど福岡に来た姉と二人暮らしをしだしたり 少しだけマシな人間になってきました。(多分)

でもまだ仕事の事より夜の飲み会の方が大切で、ムードメーカー的な役割としてその時の方がテンション高めで頑張っていました。笑

それでその後まだそんな適当な人生を満喫している僕が突然バイヤーに誘われた理由は、こいつと飲みに行くと面白い!?という訳ではなく

その頃が2001年でまだまだ古着全盛期の名残りでとにかくいい古着はあればあるだけ売れる!みたいな時代で、でも売れる分仕入れは全然追いついていなくて、新しくバイヤーを入れても仕事がハードでどんどん辞めていく状況でバイヤー不足だったんです。

そんなタイミングだったのでそこまで採用基準が高くなくて、とにかくやる気のある人を集めろ!みたいな感じ。

バイヤーとしてのセンスや知識みたいな部分はあまり問わずに、こいつは元気だしガッツもありそう、という体育会系ようなノリで声をかけてもらい(本当は何か光るものもあったのかも?笑)バイヤーになれました。

最初にも言いましたが本当に参考にならないストーリーですいません。

それで福岡から本社の京都に転勤になり引っ越したのですがバイヤーと言っても全然華やかな道ではなくむしろ裏方で地味でかなりハードでした。

ただ僕の適当人生はこの頃から終わりを迎えて急速に変化していきました。

まず京都には仲の良い同僚もいないし友達もいないし完全にアウェイな空気

本社なのでやたら人が多くしかも皆初めましてだし、割と社交的と思っていた自分も案外そうでも無いことに気づいたりして色々不安で孤独なスタートでした。

急な引っ越しだったので最初会社の方で住むアパートを準備してくれていたのですがそれが本社ビルの真隣で(嫌がらせ?笑)本社のベランダと自宅のベランダがちょうど隣で間が1mも離れていない感じで濯物を干していたら会社の誰かと目が合う感じの部屋でした。

しかも同じ境遇の新人バイヤーと2人暮らし。店長会などの時期は10人くらい家に泊まりに来たりと、プライベートも無い合宿所みたいな環境。

仕事の方はいきなり海外出張ではなく最初は倉庫の商品管理的な業務ばかりでやる事すべて初めてだし何をどうしていいかさっぱり分からなくて慣れるまでは毎日しんどかったです。

それでひと月くらい経ってやっと初めての買い付けに連れて行ってもらう事になったのですが、ここでまたツライ現実の壁にぶち当たります。

ノリでホイホイ来たお気楽な僕ちゃんだったので本当に何にも古着の事を分かってなくて、いざアメリカへ行き古着をピックする時、膨大な服の中から何を選んでいいのか分からず愕然としました。

今までお店で何をしてきたんだろう?何を見てきたんどろう?

と後悔しましたが時すでに遅し。

毎日ダメ出し。

サイズが悪い、形が良く無い、ダメージがある、可愛くない、これ売れるの?って物しか選べない自分。

何も積み重ねてこなかった自分にはセンスも実力もなく

だんだん上司にも萎縮して全然商品がピックできなくて本当逃げ出したかったです。

でも現実的にアメリカだし逃げ出せない。(出張に行けば長ければ1ヶ月くらいはアメリカの色々な都市をぐるぐる回ってました)

来る前はまあ何とかなるでしょ〜!みたいな変な自信があった気がしたけどそんなのも一瞬でなくなりました。

その1回目、次の2回目とその後も何度か買い付けに行きましたが、今まで頑張ってこなかったツケもあっていきなり急成長するはずもなく何で今自分こんな事してるんだろ?とか考えたり辛い日々を過ごしていきました。

ただそれでも今良かったと思う事は、どんなに辛くてもこの仕事を辞めなかった事です。

 

 

2、3ヶ月経って本当に少しだけ慣れてきたとき次はアメリカに住み込みのチームに入ることになりました。

すでに福岡時代の適当な自分ではありませんでしたが、大きく変わったのはここからでした。

アメリカに住むって聞いた感じはカッコイイというか凄いキラキラした感じなのですが現実はそんなこともなく周りの噂でそこは<監獄>とか<地獄>とか言われていました。笑

そんなひどい所だって事は実際に行くって決めた後に聞きましたが、そこに行くオファーを何人も断ったとか、今までたくさん送り込んで1ヶ月持たない人ばかりとかで、まだその頃もそこまで仲の良い同僚がいなかったので、え?何で誰も先にそれ教えてくれなかったの?って思いましたね。

周りのみんなライバルか敵、もしくは無関心みないな空気があって(多分それはその頃の僕が追い詰められてて勝手にそう思い込んでただけなんですが)当時はずっとそう思っていました。

とにかく行くって引き受けちゃったので、アメリカに住み込みで生活するようになりました。

噂通りだったのか今思えばそこまで大変だったかどうか昔の記憶なので判断はできませんが、とにかくひたすら毎日毎日朝から晩まで仕入れしていました。

一番苦痛だったのは超苦手な英語での会話でした。電話でアポイント取るときとかも相手が何を言ってるか全然分からなくて本当に英語が超ストレスでした。(今でも片言です)

もちろん楽ではないし辛い部分もありましたが、でも全然地獄なんて思わなかった気がします。

多分、もう何が大変とか辛いとかじっくり考える余裕もなくて日々の仕事に追われて頭を常にフル回転してなきゃ生きていけない感じだったんだと思います。

朝起きて仕事して疲れて次の日の準備をして寝る。これの繰り返し。それが良かったんですね。

何ヶ月かそうして頑張っていて、まだまだ怒られる事や不安な事もあったりしましたが出来ることが増えてきて、不思議とだんだん仕事が楽しくなってきたんです。

そしたら自然とやりがいも感じて仕事への責任も持ててきました。 

もう一つその時の上司の影響も大きかったです。あまり言葉で多くを教えてくれないし(自分で考えて動いてって感じのスタンス) 厳しい人で、周りには冷血人間とか呼ばれている人でしたが僕はその人の教え方や仕事以外の時間の接してくれる雰囲気など好きでした。

だから小さな事だったと思うけど褒めてもらった時とても嬉しくてもっと褒めてもらうために自分の能力以上に仕事を頑張ったりしましたね。

そこでとにかくがむしゃらに頑張っていたらあっという間に1年くらい経っていました。

もうその頃は仕事が楽しくて昔の面影はありませんでした。

その後日本に帰ってきてからもそのまま突っ走って20代は自分でもよく働いたって思うくらいバリバリ働きまくって様々な経験をさせてもらいました。

もし家出していなかったら?

あの時この会社に入れなかったら?

バイヤーとしてアメリカに行く事を選ばなかったら?

仕事がキツくて辞めていたら?

本当に色々な選択が折り重なって今の自分がいます。

夢があることもとっても素敵だと思います!

でも夢がない人でも流されて生きていくのも良い事だと僕は思っています。

 

 

 

 

これから進路を決めていく人、今の仕事で悩んでいる人、夢に向かっている人、色々な道があると思います。

今の一つ一つの決断が良くも悪くもこれからの未来に繋がっていると思います。

ちょっと勇気を持って決断する事や、友達や信頼できる人に相談する事で前向きになれたり良い変化が起こる事もあると思います。

僕のこんな経験が少しでも何かの後押しになったりすれば幸いです。

そしてこれから独立を思い立つのはこの後30代になってからですが…

ここまでが思った以上に長くなってしまったので一旦今回はここまでで終わりますね。笑

 

続きはまたパート2として書きます!

良かったら読んでみて下さい。

 

2019/08/08

microwaveとの出会い

 こんにちは、mikkiです。

 今日はパンクケイク でもお取り扱いさせてもらっている香港のリメイクブランド ”microwave”との出会いについて書いていきます。

 microwaveのお洋服 って一目で心奪われる、ドキドキさせられる斬新なデザインが魅力。でもデイリーに着やすいベースの素材感だったり、ボリューム感、スポーティーさもうまくミックスされていて。古着とも相性抜群だし、フリルやチュール使いが多く、永遠の女の子で居られるような気がするところも私は好き。なによりmicrowaveのお洋服を着ていると魔法にかかったみたいにすごくハッピーな気持ちになる。(あとmicrowave着ていると絶対褒められる♡笑) 

そんなmicrowaveをつくったMasaとBaronに出会ったのはパンクケイクがまだできる前。 もう7,8年前かな?

前に働かせてもらっていたお店にお客様として二人が来てくれていた。 いつもお洒落で、二人から漂う空気感が好きで、話したこともなかったけど二人のことがいつも気になっていたし、香港から来てくれていたから(当時は中国から来てくれてると勝手に思ってたけど)、頻繁にではなかったけれど毎回会えるのが楽しみだった。(初めて会ったときから、私は勝手にフィーリングが合う気がしてた。笑) 当時私は英語が全く話せなくて、話しかけたかったけどなかなか声かけられなくて、、、 ある日勇気を出して頑張って声かけたこと、今でも覚えてる。 私が声かけたとき、二人ともとてもシャイだったからMasaは逃げてしまって(あの時Masaはびっくりして恥ずかしかった ってあとから聞いた笑)、初めは私のこと嫌いなのかな〜? と思った!笑 でも話せるようになってとっても嬉しかったな。 私はその後お店を辞めてしまったので、もう二人に会えないんだ って思ったらとても寂しい気持ちになった。 

そのあとすぐ私はパンクケイクがオープンすると同時に働かせてもらうことになって、 2年が経った頃かな、2015年くらい。 ある日Baronが突然一人でお店に入ってきて、私は"前に会ったことがあるよね?覚えてる?"と声かけたら、 Baronも覚えてくれていて、SNSも知らなかったから彼は私がこのお店で働いていることも知らなかったしびっくりしてた。 もちろん私も、まさかまた会えるなんて思ってもみなかったから、びっくりしたと同時にとっても嬉しかった。 Baronと色々話をしていたら、彼らが microwave というブランドをやっていることをこのとき初めて知った。 

Baronが携帯を取り出してmicrowaveのお洋服をたくさん写真で見せてくれて。 私はもう目がハートになりっぱなしだった。私にとって夢にみたような、まさにドリーミーでキュートお洋服たちがそこにはあって。むしろ好きなものしかないことにびっくりしたくらい。こんな可愛いものがこの世の中にあるんだ って。 もうとにかく可愛いが止まらなくて、全部着たい!!!って、興奮しながらBaronに言ったな〜笑 

そして Baronは私にこう言ってくれた。  ”僕たちはmikkiが前のお店にいたとき初めてmikkiの存在を知って、それからはmikkiのファッションからたくさんインスピレーションをもらってるよ。そしてmikkiが着ていそうな服を僕たちは作っている。僕たちのミューズだよ" と。 

私たちの出会いは運命だったのかも って思った。私もずっと二人のことが気になっていたし、二人も私を気にかけてくれていた。人生でこういう出会いってなかなかない気がして。 (この日、Baronが言ってくれた言葉が嬉しくてお家に帰ってから余韻で涙が溢れたな。。。) そしてKinjyさんももちろんmicrowaveを気に入って、パンクケイクで取り扱いたいね って話してて 彼らも快くOKしてくれて、このときからmicrowaveのお取り扱いがスタートしました。

 microwaveの日本でのお取り扱いはパンクケイク が初めてだったので、ここから一緒に始まったと思うと本当に嬉しい気持ち。 ここからはmicrowaveとPUNKCAKEのアーカイブ写真を少し載せていきます。





こちらはわたしの私服のmicrowaveです♡

ここからは私のプライベートな部分になってしまうと思いますが、ごめんなさい。

お取り扱いがスタートしてからは二人とよく連絡を取る様になって。二人の人柄にどんどん惹かれて、好きな気持ちが溢れて、いつも会いたいな〜 と思うくらい。なんだか恋愛みたい。笑  

そして3年前の2016年、二人に会いに一人で初めて香港へ行きました。 実際に行ってみると、ものすごく都会でびっくり。でも都会的な部分と隣り合わせでたくさんの自然があったり、昔の香港映画のような屋台が並んでいたり。ご飯も美味しいよね〜  グローバルなところも好き。 小さな国だけど全てがギュッとしていて、住んでみたいな〜 って自然に思って、私は一瞬で香港に恋に落ちた。 そして行ってみたかったmicrowaveのスタジオにも遊びに行かせてもらって、まるで夢のような空間だった。たくさんのmicrowaveのコレクションが並んでいて、興奮が止まらなかった。そしてそこの壁にはmicrowaveを着た私の写真がたくさん飾られていて、びっくり&少し恥ずかしかったけど、とっても嬉しかったな。 一緒に撮影をさせてもらったり、香港メディアの撮影もさせてもらったり、昨年はmicrowaveの2019 SSコレクションのLOOK撮影もさせてもらったのも、感謝でいっぱい。





microwaveにはもう一人、Taniaという女性がいる。とっても愛らしい彼女は縫製を担当していて、microwaveにはいなくてはならない存在。 彼らがデザインしたものを彼女が一つ一つ縫い上げていく。彼女の愛のある丁寧な仕事がmicrowaveのお洋服をより輝かせてくれている気がする。 この大量生産の時代の中、一つ一つのお洋服に向き合う姿勢、一つ一つの商品に3人の想いがギュッと詰め込まれていて、だからこそmicrowaveのお洋服はこんなにも愛おしく感じる。そして家族のような絆で”microwave”は作られているんだなあ と感じました。 

偶然のような必然のようなmicrowaveとの出会いによって、私はたくさんのものが見えた気がする。 彼らと出会っていなかったら香港へ行くこともなかったかもしれない。国境を越えて築き上げれる絆、愛。 そしてmicrowaveを知ってもっともっとファッションが好きになって、microwaveがあって今のわたしがいる。 今となっては、microwaveのみんなは大切な大切な友達、親友、そして家族のような存在です。 わたしにとって人生を変えた素敵な出会いになりました。

最後に、人生の中でたくさんの出会いがあると思います。もちろん素敵な出会いだけではないこともあると思います。 

でも一つ一つの出会いを大切に、していきたいな って。 

写真もあり長くなってしまいましたが読んでいただきありがとうございます。 

近々またmicrowaveの入荷もありますので、楽しみにしていて下さいね♡

 https://www.instagram.com/microwavehk/ 



mikki